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2018年03月01日 01時40分
昔、小学校には歩きながら読書する二宮金次郎像(二宮尊徳)が有ったが、一時期その姿を消した。そこで今度は、時代の流れに合わせ「歩きながらの二宮金次郎像」から「座って本を読む二宮金次郎像」に姿を変えてきた。
これって、おかしくない?二宮金次郎像は薪を背負い3キロの石がゴロゴロしている荒い山道でも、歩いてまで勉強をしていたという勤労・勤勉の象徴。
たとえ「ながらスマホ」が悪い評価を受けていても
実際に「薪を背負いながら本を読んでいた」という証拠が無くても
本は落ち着ける場所で読んだ方がいい・・・など、現代は少しの時間をどう有効活用するか必死になっているも「勤勉の精神が時代に合っていない」「“ながら歩き”は危険だ」と、撤去したり座像に変えるのは、金次郎の功績を分かりやすく伝えようとした先人の配慮を無駄にしてしまっているように思えます。
394view | 2018.03.01 01:40
二宮金次郎像が小学校から姿を消し時代の流れに合わせスマホが影響となる「歩きながらの二宮金次郎像」から「座って本を読む二宮金次郎像」に姿を変えてきた。二宮金次郎像は小学校にもあったが1966年には長嶋一茂の実家にもあったという。スマホは昔からないのにどうして?二宮金次郎が働きながら勉強をしていたという姿を伝えるために子供向けに書いた押し絵が小学校の保護者の批判から撤去され姿を変えても「寸暇を惜しんで勉学に励む」精神になれるだろうか?疑問である。長嶋一茂氏も姿が変わった二宮金次郎像について言いたい放題指摘する。スマホがもたらすその風潮は小学校からの教育に大きく影響をもたらされる。
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